災害薬学ラボ

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災害における心理学

 災害心理学でよく耳にするのは『正常性バイアス』ですが、今回は『10-80-10理論』、『プロスペクト理論』について主に触れようと思います。

正常性バイアス

 

 まず正常性バイアスについて簡単に、、、正常性バイアスとは、社会心理学災害心理学などで使用されている心理学用語で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のことです。自然災害や火事、事故、事件などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまい、都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと過小評価するなどして、逃げ遅れの原因となります。

韓国地下鉄火災事件

 

 この心理がよく表れた事件に、韓国地下鉄火災事件があります。2003年に韓国で起こった火災事件で、192人が死亡した事件です。第1079列車に乗っていた自殺志願者が、列車が地下鉄のホームに入った時にガソリンを撒いて火を放ったことによる火災ですが、この事件の特徴は、死亡した192人の内142人が出火元の第1079列車ではなく、対向線路にあった第1080列車に乗っていたという事です。

 第1079列車に乗っていた乗客は状況が把握できたためすぐに避難することが出来ましたが、第1080列車に乗っていた乗客は何が起こったか分からず、また地下鉄の指令センターも火災警報器が誤作動したと思い込んだため避難命令も出しませんでした。

 人はどうして良いか分からない時、ほかの人と同じ行動を取ることで乗り越えてきた経験、つまり迷ったときは周囲の人の動きを探りながら同じ行動をとることが安全と考える「多数派同調バイアス」の呪縛に、心が支配されてしまいます。

 事件発生時、乗客はこうした心理に陥り、同じ境遇に陥った乗客同士が相互にけん制し合い、相互間に同調性バイアスが働いたものと考えられます。加えて、こんなことは起こるはずのない信じられない出来ごとと捉え、これは訓練なのではないか、今は異常ではなく「まだ正常なのではないか」という心理(正常性バイアス)が働き、逃げるという行動に移せませんでした。とくに事態が緩慢に展開していく場合、まだ大丈夫、まだ正常の範囲と期待する本能も作用するともいわれています。

 このような心理が働いたため、第1080列車の乗客の方が多く死亡してしまいました。これは災害時にも起こりうることです。

10-80-10理論

 10-80-10理論とは、災害発生時、10%は直ちに行動を起こすことができ、10%はパニック状態に陥り、80%は恐怖、唖然、当惑、フリーズする(凍りつく)というものです。

プロスペクト理論

 プロスペクト理論とは、人は利益を得る場面では確実性を好み、損失する場面では曖昧さを好むという考え方です。これは防災の面で当てはまります。災害のように損失するのが分かっている事象の起こる確率は低く見積もるため、それに対して多くの投資をするということは費用便益にあわないと考えて結局何の行動もしないという事になるわけです。行政が災害に対して消極的なのは(地域によりますが・・・)これが理由です。また多くの人が、地震により建物倒壊に不安を感じているが、特に何もしていないというのもこれを裏付けます。